蝶になったあの日から

乙女心と秋の空 / HEAVY MENTAL HERTZ

悪い習慣はなかなか抜けない。先延ばし癖。僕は、寂しさの感情が欠落していて、哀しみと怒りは心に押し込め、そして過剰に恐怖を感じる。
もう一度親について。父は一度急性アルコール中毒で倒れたことがある。僕が小学校の低学年のときだ。それ以前から、酒席でベロベロになるまで酔う様は目撃してきた。また、家でも毎日飲んでいた。こちらは量はひどくはないがとにかく毎日欠かさなかった。父が酒を飲んだときに約束をしてはだめだ、と母によく言われた。覚えていないからだ。事実、酒のせいだろう、脳の記憶を司る前頭葉が縮んでいると診断されたことがある。さて、倒れたときのことに戻る。夜の10過ぎ頃、僕はもう寝ていたが電話の音で起こされた。病院からだった。母と二人でタクシーで1時間かかるところまで行った。道中、心配でたまらず一言も喋らなかったと思う。病院に着いて見たものは、ひどくみっともない男。それでも、少しして、もう帰れるということだったので少し安心した。後から駆けつけてきた姉が運転する車で帰ったのだが、その車中でも酷かった。散々心配したのにずっと馬鹿なことを言っていた。一人では歩けない男をやっと家までつれて帰った。僕は泣いて父と約束した。もうこんなになるまで飲まないように、と。しかし、その後、約束は破られた。2度も。2度とも言い
訳をした。付き合いだから、飲まされたから。謝らなかった。本当に悲しかった。
そう。父は過ちを認めない。すべて他人のせいにする。俺が間違ったことがあるか?というセリフを本気で言っていた。反論すれば、怒鳴る。波はあったが、小学生の頃とそれに次いで高校生の頃は両親の仲は最悪だった。離婚という単語をよく聞いた。だから、僕は当然離婚するものだと思っていた。母は、心配しなくていい、といい僕が関わらないようにさせた。そして、生まれたのが、僕の無関心だと思う。何事にも関わらないでおこう、という気持ち。そうやって、父に対しては恐怖から距離を置いたのだが、母に対しては、心配をかけてはいけない、がっかりさせてはいけないとか無意識に思っていたいたのだろう。また、何をするのでも、かわいそうな母より楽しんだりしてはいけないというような後ろめたい気持ちもあった。だから、父には反発できるが、母にはできない。ときどき母はそれに気づきながらも利用しているのではないかと感じることや詮索されている気がすることもあって居心地の悪さもある。だから、母とも距離を保っているのだと思う。物理的に離れていた今なお、その気持ちの支配下にある。
それらが、全ての男性と女性への恐怖に置き換わっているのだろう。男性は単純に怖い。女性に関しては、僕の乙女思考に理解を示してくれるし、なるべく味方になりたいと思うのだが、どこか計算高いような裏があるような気がして、やっぱり怖い。悲しいな。
僕が、まともに喋れない・考えが浮かばないというルーツも見つかるのだろうか。半分わかってるけど。あと、無責任、依頼心が強いところとか。
過去は変えられない。しかし、これからを変えていくには、振り返ってみなければ。
これからもこの手の話が出てくるでしょう。みなさんには、つまらないと思いますが、お暇でしたら、またご覧ください。
おやすみなさい。