蝶になったあの日から

乙女心と秋の空 / HEAVY MENTAL HERTZ

わからない

あるACの人の日記をみて気がつきました。
「他人は僕のことをわからないだろう。だから自分のことについて喋ろうという気がしないのだ。そして、他人のことはどうせわからない。だから、聞こうとしないのだ。」
わからなくて当たり前なのに、何よりも自分が理解を求めていて、他人を理解しようとしない。両方捨てよう。わからないことが大切なんだ。的はずれかもしれないけど、学ぶってことは、わからなさい世界の広さを広げていくことだと思ってて、それと同じなんじゃないかな。でも、やっぱりその「わからない」に抵抗を感じることが多いように思う。なんというか、それって自分が正しいという主張とセットになっている気がして、それで自分が無い僕には痛く感じる。自分“が”正しいんじゃないよな。自分にとって正しいなんだ。普遍的に正しいなんて科学でも怪しいのだから。わからなくたって好きになる人はいる。正直に「わからない」を言う勇気。わからないことを前提に。まあ、僕の場合は他人への興味が薄いとか自分のコミュニケーション能力の無さに卑屈になってるとか問題は山積みですが、一歩前進ということで。

僕が親しくない人と喋ると、相手が緊張しているのが伝わってくる。おどおど暗い声で話すから。特に最近よく感じる。
おやすみなさい。