蝶になったあの日から

乙女心と秋の空 / HEAVY MENTAL HERTZ

2024/06/13(木)

 昨夜も午前零時過ぎに眠る。起床したのは七時半頃。幸い頭痛がなく、不安にも襲われなかったので、無事出勤できた。作業も集中してできた。

 行きも帰りも曇っていたし、湿気を感じなかったから、不快にはならなかった。とは言え、体はしっかり疲れていて、とても起きていられず、食料品の買い物の荷物持ちを断らざるをえなかった。三か月経った今も母の左肩の骨折は完治していない。

 昨夜日記を公開したあと、とある一冊の本をようやく読み終えた。文士の心構えを説いたベストセラーだ。期間を開けて読んでしまったし、元々覚えも悪いし、内容をまったく覚えていない。ただ、昨夜に読んだ文章は印象的だった。

配られたカードで勝負するしかないのさ……それがどういう意味であれ。

 これはスヌーピーの言葉で、僕が読んだ本には出てこないが、要はこういうことだろうと受け止めた。環境のせいにしたり、体調のせいにしたり、とにかく言い訳をしないで文士なら手を動かせと。

2024/06/12(水)

 暑くなった今季、冷却まくらを使い始めてから睡眠の調子がすこぶる良い。ただし、寝覚めの頭痛の如何には関係ないが。今朝はというと、頭痛が無く、出勤できたし、戸惑っていた作業にも集中して取り組めた。

 今日は四週間に一度の通院日。仕事から帰宅して午睡をして起きたら予約時刻の十六時寸前で焦った。でも、近所だから間に合っちゃう。そして、たいして待たずに診察。院外処方のお薬も貰いに行った。

 また帰宅。体がべたつくので、まずはお風呂。気持ちが良い! 同時に、あの人に憧れて髪を長くしているのだが、切ってもらおうかなとも思い始めた。

 己が馬鹿なことを痛切に感じているのに、馬鹿だと思われたくない。そう振る舞っている。「不知の自覚」なんてカッコいい話ではない。言葉を少なくして馬脚を露さないようにしている。貴方との交流が文章で良かった。

2024/06/11(火)

 午前零時過ぎにするりと入眠。七時半頃起床。よく眠った。が、不調。お薬を飲んでも治らず、欠勤。

 一昨日と同じくらい眠った。夢も見たが、それはいやらしい夢で、恥ずかしくてとても書けないから書き残さない。

 インターネット上で的を射る文章を読んだ。初めの感想は「そんなこと知ってるよ」だったのだけれども、後から「その知っていることをこんなふうに上手く表現できるなんて、すごい!」という感想に変わった。

 言葉にし難きことを言葉にするのが、僕の生業なのだ。忘れる事勿れ。

2024/06/10(月)

 昨夜は日を跨がずに眠った。冷却まくらのおかげか、またよく眠れた。目が覚めたのも午前七時頃と、それほど早くなかったのもよかった。然し、やはり奴が来た。昼になっても治らなかった為、欠勤。週の初めから幸先が悪い。

 幸先が悪いと書いたものの、別に縁起を担いだりなんかしない。決まり文句としてつい使ってしまうだけだ。悪い癖だ。注意しよう。

 当たり前のことだとわかっているが、言葉を慎重に選ばないと似た文章になってしまう。まず己を疑え。

 最近これまでの三段落まではすらすらと書けるのだが、最後のこの四段落目に時間がかかる。ということを正直に白状して、終わり。

2024/06/09(日)

 僕の土曜日の夜なりの過ごし方をし、午前一時過ぎに眠った。目が覚めると軽い頭痛が。起きているのが辛いので、昨日の誓いに反し寝っ転がる。するうち眠りに落ちた。

 夢を見た。伊集院光氏が夢の中の夢に出てきたので、お手紙を送ろうとしていた。夢の中の夢で伊集院氏は、我が市に鼻が利く猫を連れてやってきて、桃を探していたのだ。そんな夢を見ましたよとお手紙を書こうとしていた。

 眠りに眠ってやっと起きたのは十七時前。日中の六、七割は眠っていただろうか。またせっかくの休日をまるまる無駄にしてしまった。後悔しかない。

 こんなとき、酒が不味くてよかったとつくづくと感じる。だってもし酒が美味しかったら、きっと僕はおぼれていたから。依存症はニコチンだけで充分だ。

2024/06/08(土)

 昨夜は日付が変わる前に寝っ転がって「高田憂希・千本木彩花のしゃかりきちゃん」を聴いていたら、いつのまにか眠っていた。冷却まくらを使ったおかげか、ぐっすりと。そして、シャキッと起きられた。今日はボーナス時短の土曜日だったので、出勤。集中してできた。帰宅後、まさに疲労困憊というのがぴったりの疲労具合で、何もできず午睡。二時間くらいは眠った。幸い、疲れはとれた。

「ぐっすり」、「シャキッと」、「ぴったり」。この辺りの言葉を本当は使いたくない。でも、語彙が貧しいから使ってしまう。類語辞典で検索すればすぐに代替案は出てくるのだろうけれども、そうじゃなくて己で学習した、それこそ太宰を読み込んで習得して言葉を血肉にしたい。じゃあ、本を読め。はい。

 明日は雨らしい。それこそ読書や映画鑑賞に適しているではないか。インプットに対して意気込みがちだ。「対象から100%吸収しなければならない」と思っている節がある。そして、そんなことは到底できないし、できてこなかったことも知っている。なのに、腰が重い。

 何回でも鑑賞すればいい。分かっている。ゲートウェイブック(僕が勝手に提唱している言葉です)もちまちま読んでいる。だけど、駄目なんだよなあ。

2024/06/07(金)

 いつもどおりの日課をこなし眠る。起きたら頭痛。その後も不安に襲われたりなんだりして、欠勤。

 言葉の使われ方が気になる。ベクトル、アリバイ、参考程度。最近ではこの三つが特に鼻につく。ベクトルは「角度、視点、視線」の意味で、アリバイは「言い訳」の意味で使われている。各々れっきとした定義(ベクトル:大きさと向きを持つ量、アリバイ:現場不在証明)があるのに従来の意味とはかけ離れている。参考程度もあやふやな言葉だ。参考にするということは大きく頼ることなのに、それに「程度」をつけてあまり頼らないでくださいと言っているようなものだ。

 そんなことを気にする前に己の創作に精進しろよ。

 でも、言葉・話・文章に対して鋭敏でいないと、真の文士になれないから。いい感じに正の方向のエナジーに変換させていきたい。

2024/06/06(木)

 いつものように午前零時台に眠ったら、珍しく早朝に目が覚めて、寝なおして本格的に起きたら頭痛。なんでだろうな。体が労働を拒否しているのかな。そんなに嫌な職場や作業内容ではないんだけど。それとも疲れると駄目なのかな。その辺がよくわからない。

 先ほどマイナポータル経由でねんきんネットを確認した。情報が今日付けで更新されており、年金受給額が増えることが確定した。通知書が明日にでも来るだろう。ひと月あたり二千円くらい。有り難し。それに甘えず、もっと働きたい。

 メルカリに三点出品していて、そのうち一点がやっと売れた。元値からしたら、もう叩き売りですよ。でも、古着屋に売るより充分高い。これで現金の目途が立ったけど、メルカリのシステム上、実際に銀行に入るのは来週の水曜日以降だろう。

 お金で動く人は相手にしやすい、と言われる。「お金の為」と合理的に行動するから。然し、僕は貧乏でお金を切に欲しているが、自分の宗教(美意識)があるので、お金で動くとは限らない。お忘れなく。

2024/06/05(水)

 今日こそは! と目覚めてから気を張っていたら、なんと出勤できた。作業内容が変わり、ちょっと戸惑っている。どういう手段で進めていけばいいのか模索中。帰宅後は疲れて午睡。起きたらすっきり。

 どうやら今年度も貰える年金額が増えるらしいとのことで、先日ここ

https://www.nenkin.go.jp/faq/jukyu/kyotsu/gakukaitei/20150401-03.html

を見たところ、今日から通知書が順次発送されるとのことで、それならマイナポータル経由で今日から確認できるのでは? と思って昼から何度も見ているのだが、一向に更新されない。法務局のときと同じくお役所仕事だから、コンピュータのシステムへの反映が遅いのだろうか。

 現金が無い。本当に無い。貯金はもちろん全く無い。三月の末には余裕があったし、それを保とうとしていたのだが、有ると使ってしまう癖は治っていない。馬鹿。阿呆。畜生。

 文学フリマ京都9で出す新刊詩集の仮題は『瞬き』。百篇を書いてその中から良いものだけを詩集に残す。言葉を選ぶのは楽しい。苦しくもあるけれど。自分とのコミュニケーションだけど、そこで終わってはいけない。この画面の向こう側に居る貴方に届くようにしないと。