蝶になったあの日から

乙女心と秋の空 / HEAVY MENTAL HERTZ

再生2

自分のしたことのないことを追体験できるのが、読書。しかし、僕はそのメリットを悪いように使っている、と思うんです。
例えば、「他人の気持ちはわからない」という考え方を書物で知って、そうだよなあと疑わずに受け入れる。それから、これを現実に適用して「他人の気持ちなどわからないのだから考えてもしょうがない」と何もしなくなるわけです(実際は、本を読んだからそうなったのか、元々そうだったのかはわかりません)。
「他人の気持ちはわからない」という考えに至る試行錯誤から得られるものが大事なのでしょう。それをしないで結論だけ先に憶えこんでしまい、その過程を省いているのがいけません。ここでもやっぱり考えておらず、問いを発していません。
この場で考える習慣をつけよう、と改めて思います。

■考える

上のを書いて「しかしまあ、書くとよく言葉がでるものだ。話すときもこれくらい出ればよいのに」と、いつものことですが、嘆いています。
思えば学校教育でも、考えるということをしてきませんでした。理科も社会も英語も暗記です。数学だって、最初に解法を覚えてそれを適用していくだけで暗記に準じるものです。残された国語は考えることが必要なため苦手でした。実は、高校生向けの現代文の問題集を数ヶ月前買ったのですが、ほとんど手をつけないで眠っています。