蝶になったあの日から

乙女心と秋の空 / HEAVY MENTAL HERTZ

「コスモス」

「暑い、暑い。こう暑くてはかなわない。このままでは干からびてしまう」
 その昔、たくさんの稲穂が垂れる田んぼだった土地は今や一面、コスモス畑に様変わりしていました。国の減反政策の結果です。ただ、田んぼをほったらかしにしておくのももったいないので、地主がなぐさみにとコスモスを植えたのでした。
 白やピンクのコスモスたちは夏が過ぎ去りようやく出番の秋が来たというのに、長引く残暑にやられ、連日、嘆いていました。
 それに、何より雨が降らないのが彼女たちを苦しめていました。喉がカラカラでしょうがありません。土も割れ、根から飲む水分も底をつきそうです。しょうがなく葉からわずかに大気中の水を吸うばかり。
 また、夜になっても湿気で充満していて蒸し暑い。ぐっすり眠ることもままなりません。疲れきった彼女たちが花の仕事でもある歌唄いもできない為、虫たちも声を聴けなくて困っています。
 そんなコスモスたちの切なる言葉を天から月が耳をそばだてて聴いていました。そして、戸惑い悲しむ彼女たちにやさしくささやきかけます。
「もうすぐ雨がやってきますよ。西方から暗い雨雲が迫っています」
 コスモスたちは歓喜しました。ようやくたらふく水を飲める。待ちに待ったときがやってくる、と。
 そして、翌朝、月の言うとおりに雨が訪れました。強く激しかったので根こそぎ流されてしまいそうでしたが、皆なんとか持ちこたえました。
 雨水を全身にびしょびしょに浴びたコスモスたちはすっかり生気を取り戻し、また輝き、彩り、そして心からの笑みを取り戻しました。
「よかった。よかった」
 彼女たちは口々にそういって、はしゃぎます。そして、歌が始まり、景色は色づいてきました。
 そんなコスモス畑の前をひとりの老婆が通りがかり、彼女たちに目を奪われました。
「なんときれいに咲いていることでしょう」
 近づいて一輪、一輪を労わるように観察します。
「そうだ。これを病気の孫娘に持っていこう」
 手近にあったコスモスを五本ほど摘んで、手に抱えました。
 せっかく、咲いたコスモスたち。ですが、彼女たちは悲しみません。
 ここで静かに群れているのも心地よい。けれども、見たことのない世界に行って、人様の役に立つのもいいのではないか。
 病気の子の笑顔を見られるなら、幸せだ。一生懸命、咲いたかいがあった。
 コスモスたちは喜んで老婆の手のひらに包まれ、夕暮れの道を運ばれていきました。