蝶になったあの日から

乙女心と秋の空 / HEAVY MENTAL HERTZ

2024/01/18(木) or 何処へ逃げたって 見つけられてしまう?

 昨日はあんなに疲れていたのに、ぐっすり眠れたので爽快に起きられ、無事出勤できた。ただ、帰路は雨。合羽で隠れないところが冷たかった。帰宅後は珍しくそれほど疲れておらず、今この日記を書いている。

 僕は本当に何も考えていないよなあと日々思う。それが悲しくて苦しくてやりきれない。考えることは、僕にとってとても難しいことなのだ。と、こう書き出したところで、いつもは展開させられないが、今日は挑む。せっかく取っ掛かりを得たのだから。じゃあ、何について考えたいのか? それを検討してみよう。「考え方」を考えたい。万物に対して臨むときの対処法と言えるだろうか。このときはこうで、このときはこう、みたいな「定跡」を考えて手に入れたい。

 定跡は真似・模倣・流用から入ってよいと思う。それこそ将棋の定跡だって先人たちの積み重ねの賜物だ。そして、僕が最も欲する、創作における定跡は読書によって得られる筈だ。手当たり次第に読書をしてきたが、アウトプットに繋げていないから、大したインプットにできていなかった。だから、考える回路(考え方)も構築できていない。

 今の僕に必要なのは、たぶん書き方の定跡ではなく読み方の定跡だろう。前にも書いたが、例として「メロスは激怒した」とあったら、大抵の人は「え? 何で?」とか「何に怒っているの?」とか思うんだろうけれども、僕はそこで止まらず読み進めてしまう。悪い癖だ。本の読み方の本を読むところから再出発だ。