彼女は涙を流した。
この恋はけっして成就しないとわかってしまったから。
それは、遠くからそっと見守るだけの、しかし、熱い、片思いだった。
男とは中学生の時分に初めて出逢った。とにかくやさしく、誰にでも分け隔てなく接するところに彼女は惹かれた。
彼女は自分の容姿がひどく醜いことを卑下していた。そのことでずっと罵られ、蔑まれてきた。その度に歯を食いしばって耐えた。
そんな中、お構いなしに、いつも微笑んで話しかけてくれる男に、惚れてしまった。彼女の恋という名の生き地獄の始まりだった。
それから大学を卒業するまで、一緒のキャンパスに通ったが、ついに深い関係を築けずに終わってしまった。顔を合わせば声をかけるが、世間話程度でおしまい。どこまでも奥手な彼女は自分から話しかけることもできない。だが、たったそれだけで、嬉しかった。ただ、満足していたわけではない。もっと、もっと、そばにいたい、近付きたいと願っていた。
卒業後、人伝に知った。男には恋人がいたらしい。それも中学校の頃から付き合っていて、それから大学を卒業と同時に結婚した、と。
喪失。敗北。絶望。彼女は北に向かい、本当の地獄へと身を投げた。
彼女は涙を流した。
神様は見ていた。彼女を憐れんで、生き返らせてあげようとした。だが、肉体の損傷が激しく、それは不可能なことだった。その代わりに、彼女が大事にしていた青い瞳の人形を魂の容器にして、彼女を生き返らせた。
もう一度、彼に会えるかもしれない。神様、ありがとうございます。
彼女の両親は、形見分け、彼女の思い出の品を親しい人々に引き取ってもらった。彼女も喜ぶと思って。中でも青い瞳の人形――彼女――は、一番仲良くしていた女の手に渡った。その女とは、男の妻だった。
彼女は涙を流した。
ようやく彼のそばに行けたが、彼女のほうを向いてはくれない。妻に惚気ている彼から目を背けられない。ひび割れるような思いだった。他人の幸せが彼女の不幸せ。祝福できない自分を彼女は呪った。
神様は、またも彼女の味方をした。悲しみにくれる彼女を見かねて、ある日、女を交通事故で殺してしまった。残されたのは男と、彼の妻が大切にしていた青い瞳の人形。そう、彼女だった。
彼女は涙を流した。
これからはずっと二人きりだ。
男は涙を流した。
妻を失い、ひとりぼっちになってしまった。葬儀では気丈に振舞っていたが、人のいないところでは嗚咽を漏らしていた。
そして、男は、妻が愛していた青い瞳の人形を、妻の棺桶に入れた。
彼女は涙を流した。