蝶になったあの日から

乙女心と秋の空 / HEAVY MENTAL HERTZ

「strangelove」

 朝、目が覚めると男は虫になっていた。グレゴール・ザムザのような虫ではなく、蟻ほどの小ささで、毒にも薬にもならぬ虫だ。それによって男は、心から望んでいた真の自由を手に入れた。これで憂鬱な仕事なんかしなくていい。自由だ! 俺は自由だ! 男は彼の広い部屋を駆け回った。それから、跳ねたり、飛んだりして、目いっぱい楽しんだ。次は、外に出ることにした。風が入ってくるほうの隙間を潜り抜けると、そこは灰色の世界。通りには、いつもなら居るべき人たちが、人っ子一人見当たらない。男は風に乗ってほうぼうを観察したが、男を除いて誰も、ほかの生物が、何処にも存在しなかった。男はよくよく思い出してみた。昨日、一昨日、それよりもっと前のことを。人間だった時の記憶を。薄っすらと見えてきた。電話をしていた。大切な。それが上手くいかなかった。激昂した男は……男だけが押すことのできるあれを押したのだった。