蝶になったあの日から

乙女心と秋の空 / HEAVY MENTAL HERTZ

「影」

 とある夏の夜闇、影たちがこぞって逃げ出した。大脱走。翌朝から、ありとあらゆるものは光を浴びても、影を創らなくなった。ところで、光が影を創ると思われているが、しかし、実際、そうではない。影は影。単体で存在する。すっかり自由になった影たちは行き場を探して、探して、とうとう人間の夢の中に入り込んだ。そして、人々は夢を失った。夢に希望を持つ人が居なくなった。一方で、夢に惑わされる人も居なくなった。そう、僕のように。僕は常に夢に惑わされてきた。それは、苦しいものの、返って何にも代えがたい快感でもあった。精神的なマゾヒストなのだ。甘美なそれを失った僕は、抜け殻になった。言葉でしか自分の存在意義を表せない僕が、何も言葉を見出せなくなった。追い詰められた僕は、とうとう遺書を綴った。とても短い文だった。その晩、僕は、夢を見た。影たちが夜から姿を消す夢だった。