幼子は川を渡った。橋の無い川を。だから、舟で渡った。三途の川でないので、六文銭は要らなかった。身に着けるもののほか、持っていたのは、一握りの土だった。少しも落とさぬよう、その小さく柔らかい手で、大事に大事に握っていた。船頭は口をきかず、幼子も黙っていた。穏やかな流れの川を、船は五分ほどで渡り切った。幼子は、しっかりと組まれた渡し場に降り立ち、今来た景色を見た。だが、いつの間にか霧がかかっていて、よくわからなかった。幼子は、そのことに酷く腹を立てた。すると、大切に運んできたはずの土を、川に放り投げ、自らも飛び込んだ。こんなにも愉快だったとは。幼子は大いに笑い、潜ったり、浮かんだりを繰り返して、しばしのときを過ごした。気が済んだ幼子は、陸に上がり、寝転んだ。ずぶ濡れで冷えた体のまま。やがて、幼子は、その姿勢のまま、冷たくなってしまった。その手には、やはり土が握られていた。