蝶になったあの日から

乙女心と秋の空 / HEAVY MENTAL HERTZ

僕が何度でも読み返す、太宰治『晩年』に収録されている「葉」という作品の好きな箇所、ベスト5

五位

 兄はこう言った。「小説を、くだらないとは思わぬ。おれには、ただ少しまだるっこいだけである。たった一行の真実を言いたいばかりに百頁の雰囲気をこしらえている」私は言い憎そうに、考え考えしながら答えた。「ほんとうに、言葉は短いほどよい。それだけで、信じさせることができるならば」

 また兄は、自殺をいい気なものとして嫌った。けれども私は、自殺を処世術みたいな打算的なものとして考えていた矢先であったから、兄の言葉を意外に感じた。

 

 

四位

 よい仕事をしたあとで

 一杯のお茶をすする

 お茶のあぶくに

 きれいな私の顔が

 いくつもいくつも

 うつっているのさ

 

 

三位

  どうにか、なる

 

 

二位

  どうせ死ぬのだ。ねむるようなよいロマンスを一篇だけ書いてみたい。男がそう祈願しはじめたのは、彼の生涯のうちでおそらくは一番うっとうしい時期に於いてであった。男は、あれこれと思いをめぐらし、ついにギリシャの女詩人、サフォに黄金の矢を放った。あわれ、そのかぐわしき才色を今に語り継がれているサフォこそ、この男のもやもやした胸をときめかす唯一の女性であったのである。

 男は、サフォに就いての一二冊の書物をひらき、つぎのようなことがらを知らされた。

 けれどもサフォは美人でなかった。色が黒く歯が出ていた。フォオンと呼ぶ美しい青年に死ぬほど惚れた。フォオンには詩が判らなかった。恋の身投をするならば、よし死にきれずとも、そのこがれた胸のおもいが消えうせるという迷信を信じ、リュウカディアの岬から怒濤めがけて身をおどらせた。

 

 

一位

 死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色のこまかい縞目が織りこめられていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った。

 

 

 これらの言葉で僕は生きながらえています。

 

 

 今夜の音楽はこちらをどうぞ。